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TourDiary -2008-

第28回サンパウロビエンナーレ・ツアー日誌

10月?日

いつもは、朝早いので緊張して眠れない前日を過ごすのであるが、今回は珍しく午後から出発の便である。(余裕である)
午前中に大切な用事(文化庁との・・)を済ませ、午後1時にいつものシャトルタクシーに乗り込む。関空まで約1時間30分、関空からソウルへ1時間40分、ソウルで約2時間の待ち、その後給油の為ロスへ約10時間、ロスで約3時間の待ち、そしてサンパウロへ約12時間、空港からフェスティバルの用意してくれたタクシーで1時間30分かけて指定のホテルへ。
結局約30時間以上かけての移動でありました。トホホフライト中に昔ほど爆睡出来なくなった事がきつうございました。
久し振りの大韓航空は、驚くほど機内も接客も良くなっておりまして、日本の航空機よりシート幅と前後の幅が広くて、トイレとか行きやすいのがいい。そしてシートには他の航空会社より一回り大きめの液晶画面が…プログラムも豊富で、これがまた大変やばいのである。テレビっこの私としてはついつい見てしまうのよ。松本氏の強い薦めもあり、まず「カンフーパンダ」を観、「落下の王国」を観、「スピードレーサー」を観、「最新版シルクド・ソレイユ(コルテオ)」を観、「ABBAヒストリー」を観、結局気分悪くなってしまう私。トホホ
それでも、最後のフライト(ロス~サンパウロ)で持直す。そしてとうとう初めてのブラジル
ヨーロッパでもない、アメリカでもない、アジアでもない、アフリカでもない、独特の町並みと匂い。全く秩序というものが感じられないビルの形状と位置関係、混沌としているとはまさにこの事なのだと思う。信号待ちしている我々のタクシーにも早速、生活の為の資金稼ぎをするキャンディー売りがやってくる。
初めてここを訪れた、海外から来た人間とかを全く気にかけていないし媚びていない。まさに自分たちが今ここで生きている事に真っ向から勝負しているかのような印象を受けるのである。「こりゃあ油断してたらやばいぞー」と自分自身に言い聞かせる。
案の定、行き交う多くのクラクションを掻き鳴らす車の群れ、それを掻き消すかのように響くパトカーと救急車のサイレン……やってきましたよーカオスの国へ…。ホテルにて、先乗りしていたラファエロ&アンジェラと偶然に再会。夕食を共にする。
しかし今夜は旅の物凄い疲れの為、すぐに就寝。


10月?日 曇りダイアリー画像

明け方4時に目覚め、7:30に目覚め、9:00に起き上がる。
9:30 ホテルの朝食バイキングへ。
スクランブルエッグ、ハム2種、チーズ2種、パパイア、パイナップル、メロン、パン4種、カフェオレ3杯、パイナップルジュース(100%)などたらふく喰らう。その後デニス(fromアイルランド)と合流し、メンバー5人揃って散策しながら公演場所であるパビリオンへ徒歩で向かう。
昨日、空港に降立った時に感じたムーンとした生暖かい空気と匂いに「あー暑くなりそうだ」と思ったのも昨日の事、今日は打って変ってジャケットなしにはいられないほどに肌寒い日となっていた。ここブラジルは春から初夏に向けての安定しない気候が続いているようだ。(日本で言うところの5月初めくらいかな)緑豊かな見たことのない木々の生い茂る広大なイビラプエラ公園の中にある巨大ミュージアム・パビリオン。その1階の何もない巨大空間に黒幕を使い我々「Weightless days」の為のスペース作りの準備をしているところであった。
スタッフとのミーティングそして事務的な要件を済ませ、軽くパビリオンの中の展示物を鑑賞。改めて1951年から始まったこのサンパウロビエンナーレの歴史に驚きを覚える。夜、ラファエロのガイドによりダウンタウンへと繰り出し、(ラム酒&ソーダ&シュガー&ミント)のなんとかカクテル(モヒート)をエンジョイしながら席が空くのを待つ事約1時間。待った後の食事のなんと美味い事、多分待たなくても美味い料理である、シーフードサラダと乾燥肉が中に入っている揚げた団子のようなもの、そして肉入りタコスのようなものを食す。もうそれだけで腹いっぱい満足満足。カクテルが強かったせいか少々酔っ払ってしまう。ああー久々に至福の時をエンジョイしたの!!


11月?日 晴れダイアリー画像

今日は打って変って暑い一日となりそうである。
例によって朝食バイキングへ…やはりたらふく喰らう。
ラファエロのガイドにより、メルボーギャラリーへと向かう。(我々が6月に公演する予定であった場所であるが、ビエンナーレ出演決定の為、キャンセルしたギャラリーである。)それでもここのディレクターは我々を快く迎えてくれ、ギャラリー全体をガイドして回ってくれた。コンテンポラリーモダンアート。中々一筋縄ではいかないユニークな作品群であった。夜、今年初めに大阪で知り合いになったレティシア・セキト(ブラジル日系人ダンサー)の公演を観にいく。40分ぐらいのソロ作品。
日系である自分のアイデンティティに向き合っている作品であった様に感じました。
おもむろにテープで四角いエリア作りをしているのを見て、私の作品「スペース4,5」を思い出す。(やはり日本的な感覚なんだろうなーと節に思う。勿論彼女は私の作品は知らない)ラストの雪の中で踊っているシーンが印象的。(本当の雪の様に見えたものは、実は新しく購入したバブルマシーン「泡」であったようであるが、実際ほんとの雪を降らしてる様に見えたのはほんと凄かった)
そこで、ある日本人ダンサーと遭遇。話をしているうちに「あーあの時のー」とほんとは再会であった事実が明らかになる。4年前南フランス(エクサンプロバンス)の国際ダンスフェスで知り合ったダンサー「おおいわとしこ」さん。彼女はビルティー・ジョーンズのカンパニーを経て、アンジェラン・プレルジョカージュのカンパニーで踊っていたスーパーダンサーです。今は文化庁の海外研修でブラジルにサンバ留学しているらしい。


11月?日 曇り時々雨ダイアリー画像

9:15分いつものように、たらブレ(たらふく喰らうブレックファースト)。
そして、調子のかんばしくないアンジェラを除き、皆で東洋人街へと乗り込む。現地でレティシアと合流。
ランチを共にした後、ブラジル日本移民史料館へ向かう。新大陸を見つけたコロンブスよろしく、1908年初めての土地に上陸して来た日本人達の努力と苦労は計り知れないものがあるという事を感じ入りました。日本では日系ブラジル人は外人の様な扱いであるが、彼らこそ真のグローバル国際日本人であると、強く思うのでありました。
そして以外にもその資料館のブティックで盛り上がる。というのも、移民した人々が楽しみで日本から持参したものだと思うのですが、春日八郎、美空ひばり、三橋美智也、二葉百合子、寺内タケシ、ザ・ピーナツ、ダークダックス、お祭り風景、浪曲などなどなどのレコードが売られていたのです。(以外と最近のものですが)レティシアとデニスは興味津々で何枚か購入しておりましたよー。もしかしたら彼らの新作の中で使用されるやもね、楽しみ楽しみ。


11月?日 晴れダイアリー画像

9:30たらブレ。
ベルボーギャラリーのディレクター(エレアナ)氏の自宅のスタジオをお借りして、軽めのリハーサル。
エレナ氏の自宅?と・とんでもないっすよ、これが…これまたギャラリーのような広さと複雑な間取り、一人だと絶対迷子になって泣いてますね。いやほんと!!(後で聞いた話によると、ギャラリーと同じ建築士らしく、ブラジルの安藤忠雄さんのような存在の方らしい)ほんでもって使用人が数人働いておりました。話は変わりますが、南米に居ようが、アフリカに居ようが、ヨーロッパに居ようが、日本に居ようが・・・どこに行こうが、やっぱり「ここ」なんだなーと思いましたよ。「ここ」とは私自身の身体の事です。身体を動かす事で、いつものストレる事で、私の身体も心も安らかになるのを直に感じました。やっと時差ぼけからの解放である。その後アンジェラと共に、レバノン料理のランチを軽く済ませ、公演場所であるパビリオンへ向かう。やはりブラジル時間、案の定まだプロジェクターもマットも用意されていなかった。焦ればこちらの負けである、可能な事は要求し、後はこちらの生活時間にすり寄るしかないのである。

余談
街を歩いて、日々過ごしていて感じた事。
1・まず犬がやたらに吠える。(後々そうでもないかなーと)
2・猫の姿をあまり見かけない。
3・車の運転が荒く、歩行者に全く優しくない。(タクシーなんか客が乗ってようがお構いなし、カーブではブレーキ踏んだら負けっちゅうぐらいスピード出すし、落ち着いて乗ってられまへん。)
4・電信柱がやたらに存在感があり迫力がある。
5・誰もが気さくで明るい。
6・時間をあまり気にしない。
7・エコロジー的発想をほとんど感じる事がない。
8・夜、星が全く見えない。
9・意外とゲイである事などが普通にまかり通っている。
10・ヨーロッパ式挨拶(ほっぺにチュー)
11・まるで個性を競い合う様に、ユニークな形をしたビルが建ち並んでいる。


11月?日 曇り時々晴れ

9:30たらブレ
12:30公演場所であるパビリオンへ向かう。
普通ならプロジェクターも音も白いマットも完璧に準備されて、リハーサルができる状態だろうーなーがしかし。かろうじて音は出せる状態ではありますが、白いマットは波状に張られしかもサイズが違う、プロジェクターの設置もままならない状態でありました。
勿論そんなに簡単な作業ではありません、大阪公演の時もかなり時間がかかり難儀をした覚えがあります。というのも特別な方法でプロジェクターを使用するからです。(初演のパリ公演がなんの問題もなかったからよけいにそう感じます)こちらのスタッフも懸命に努力してくれているのですが、初めての事だらけなので無理はないのです。結局、完璧な状態ではないけれど、タイミングや位置を確かめる為に、最初から最後までをとりあえず通す。ホーッ無茶苦茶しんどーございました。(やはりここも下はコンクリだ)「彼は今、身体がまだまだ本調子ではない事を実感として感じたのであった。」トホホ
プロジェクター担当、アンジェラ&ラファエロを残し、22:00頃ホテルへ帰る。


11月?日 晴れ

9:30たらブレ
たらブレ中、アンジェラ&ラファエロが言うには昨晩は、なんと夜中の2時までかかったそうである。そしてまだ出来てないらしい。これからまたすぐ出かけるようである。トホホ舞台はまだ完全には出来上がってない状態ではありますが、とりあえず通せる状態にはあったので・・・。

15:00~18:00 一回通し
19:00~22:00 一回通し
とりあえず、身体を慣らす為にも2回通す。
この作品に関して言うと、ほぼ1時間出ずっぱりなので、通す事で時間配分、力配分を自分の身体で理解し調整しなければならないのである。*勿論、テクニカル(プロジェクターと音のタイミング)の事で、抜粋して一部のシーンだけ合わせるとかした後の事です。とにかくしんどい。
ほんましんどい。
やっぱりしんどい。(特に私は、隣の松本が全く汗を掻いてない時に2リットル程の汗を掻いてる熱いやつッチとかエクササイズをすなので・・・。)
でも楽しい!
生の実感・ここにあり!である。
まだ無駄に力が入っているところ、間のとれていないところをチェック。
そして創作し始めのファーストインプレッションを感じる事を意識。

余談・豆情報。
ここでの移動は徒歩かほぼ毎日タクシーである。
初乗り3,50レアルなので約180円ぐらい?でもメーターの切り替わる速さは尋常ではない。(地下鉄もバスもあるのですが、我々のホテルからは不便である為使用せず)そのタクシーのほとんどが、シボレーかフィアットである。普通にトヨタもホンダも走っているのであるが、ここはヨーロッパ車の方が多いようである。ちなみにレバノン・ベイルートでは中古の年代物ベンツがタクシーであった。フランスはルノーかプジョー。教習車はプジョー206かルー・クリオ。


11月?日 雨時々曇り

9:30すこブレ
15:00~18:00 一回通し
20:00~22:00 一回通し
今日最後の通しを経て、やっと本番へ向けての準備が整った事を感じる。
あとは冷静にいつもの通り出来るかどうかである。
勿論ライブである以上、客との見えないやりとりで普通ではないテンションになる事を見越しての「冷静といつもの」である。

余談
ここサンパウロでは所謂日系の人達はすでに3世4世の時代を迎えており、今や日系のコミュニティーのようなものはなく、普通に社会の中に浸透しているらしい。そして日本人街も今や姿を変え、チャイニーズやコリィアンの人達の方が多くなっているのだそうだ。


11月?日 晴れ時々豪雨 本番当日ダイアリー画像

9:30 たらブレ(毎日規則正しく過ごしている。日本ではありえない)
午前中
ビデオアートのミュージアムへアンジェラ・ラファエロ・松本と向かう。単にビデオアートと言っても、ほんと人によってこんなにも違う発想、多彩な表現があるのだなと関心一入。中でもブリティッシュのアーティストのスモッグの中に投影したグラッフィックアート(近未来の建造物の様にも見えるし絵の様にも見える、そして人がその中を動く事でその形が自由に変化するのである。無限に広がる幻想の世界を実感出来るすぐれたアートであった。)
レバノン大衆食堂でランチを取り、日本国際交流基金へと向かい、上念さん(ダンス評論家)の紹介してくれた、事業部長・ジョー高橋さんと挨拶をかわす。本番前に軽く調整の為に通す。
準備万端・いつでもOK!
がしかーし!大雨と交通渋滞の為客が来れない、少々少なめである。
でもそんなの関係なーい!
さー参るぞっ!結局今回の黒と白の鮮明さは抜群であった。
黒はまるで宇宙的であり、まるでブラックホールに吸い込まれるが如く見えていた。
白は色というより光そのもののように見えていた。
音は会場全体を包み込むように優しく時に激しく繊細に大胆に響かせておりました。
あとは自分の汗で滑っている私と、息があがりほとんど瀕死状態の私がいなければ完璧でした。
トホホホホ
それとこそこそ動き回るプレスカメラマンがいなければ。
でもしかーし、最後の光が消えた瞬間、ほとんど全員が立ち上がり拍手をくれた事が、涙が出るほどに嬉しく感じ入りました。(しみじみこの瞬間があるから、現役やっていられるんだろうなと思う私)シクシク


11月?日 晴れ時々雨 本番2日目ダイアリー画像

9:30たらブレ
本番までにそれぞれの時間を過ごす。
17:00~ それぞれのマシーンが順調に作動するかをチェックするように軽めの通し。
20:00 本番
昨日のぶんを取り戻すかのように、客席は膨れ上がり、初めてパリで公演した時のように、客席がいっぱいで入れない人が出たようである。(すいませんが、嬉しい悲鳴である)ありがとうございました。
昨日の反省から、クエン酸入り飲料は舞台前には飲まないようにしたのが、功をなしたのか、(あれは効きすぎて元気は出るのですが、その分汗も大量に出てくるのよね多分)身体も順調、映像も最高、音も最高、パリ・大阪公演の中で一番の出来になっていたと皆が感じる舞台となりました。勿論昨日以上にコールを頂いたのは言うまでもありませんが・・・なんてね。イヒヒヒ

余談
翌日ホテルロビーにて、「昨日見たよ、素晴らしかったよ」とジョン・ジョーンズ(ニューヨークの世界的有名なパフォーマンス・アーティスト)一行(プロデューサー・パフォーマー・本人)達に声をかけられる。
我々が行った同じ場所で来週公演するそうである。今回の公演を経て、これまでよりも5人のこの作品への愛情が、また一段と増したような気が致します。そしてなにより無事で舞台に打ち込めた事に感謝!!!とりあえず、現地での報告は以上!!
次は来年のダブリンツアーか!!!

2008年 11月吉日 晴れ  ヤザキタケシ

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