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TourDiary -2006-

シンガポール(インドアスタジアム)・リハーサル日誌

11月1日水曜 晴れダイアリー画像

またまたまたまたシンガポールである。
関空!やはり平日はすいてます、海外出るなら平日がいいですよ、出国審査や持ち物検査の時とか長く並んでると疲れますからね。まっシーズンオフって事もありますが・・。ちなみに北口が込んでたら南口へ、南口が込んでたら北口へ臨機応変に対処したほうが楽です、なんせ向こう側に出てしまえば一緒ですから。


11月2~4日 木、金、土曜 朝雨のち晴れのち曇りダイアリー画像

10~12月と雨季らしく毎日雨が降るようです。
またまた夏のバカンス気分かとも思い、海パン持って来たけど甘かった。
早速リハーサルは始まっております。
一日8時間びっしりです。遊ぶ暇なしです。クタクタのビショビショのひりひりです。
振付師(ダニー)はまだ若く、どちらかといえばモダンダンスよりのテクニックをふんだんに駆使するタイプなのでリフトが出てきたりユニゾンで早く動いたりでアルビンエイリー風にがんがんやっています。それに輪をかけてコリアンダンサー達は彼の振付以上の事をすぐにやるので相乗効果としてどんどん激しくテクニカルになっていくのです。私に求められてるものは、そんな自分にないもの・・コミカルで演劇的な色が欲しくて私を呼んでくれたのじゃーないのかい・・・。
それはさておき今回驚いた事が2点あります。
オーストラリアから来ているダンサーがなあんと私と同い年であるという事実。今まででありえなーい事です。ここ3、4年はいつも私が年上でお父さん扱いされるのに。
彼(ポール)は大きいうえによく動きます。そして普段が目茶苦茶コミカルなのです。大概英語圏で面白いやつはこてこてな面白さなのですが、彼の面白さは捻りとエスプリが利いていて尾を引くぐらいいつも笑わされております。わても負けてられしまへんでー。それと韓国から来ている3人のスーパーダンサー達です。
1989年にニューヨークでアルビンエイリーのデズモンド・リチャードソンをスタジオで目の当たりにした以来の嬉しい衝撃です。ダイアリー画像
あの時も喜びと驚きが同居しておりましたが、今回もそれと同じぐらいの喜びと驚きを感じております。まだまだ20代の若いダンサー達これからの行く末が本当に楽しみです。
なんせ動きが大きいうえに、完璧なるテクニックとパワーと可愛らしさと美しさを持ち合わせているのです。まっそこにためと空間力がつけばもっと凄くなるのですが・・・。
女性2人と男性1人。とくに男の子23歳はスペシャルです。先日東京で一緒におどったスーパーダンサー浅井君(アルビンエイリーのカンパニーに所属歴有、大駱駝館所属歴有、今、山海塾所属、他にもマスコミ関係の仕事もしている)をも上回るナチュラルスーパーなダンサーです。
漫画のちびまるこに出てくる、まること同級生のすぐおなかをこわす子に良く似た可愛い顔(山根君?)をしているのに、やる事はほんと良い意味えぐいのです!!!
実写版いやドキュメンタリーで孫悟空を見たらこんな感じで動くんじゃないかな・・と思わすぐらいの凄さです。(どんなんやー)


1月5日 日曜 曇り&スコール

今日はオフ日。
コリアン達は始めてのシンガポールなので、バス、地下鉄の乗り方を教えがてら一緒にオーチャードロードに繰り出す。
そこで一緒にランチをとってから、私は日本からたまたま来ている友人と待ち合わせの為ラッフルズホテルへと向かう。
友人はお母様と一緒だったので、3人でラッフルズホテルの中やブギスストリートを楽しみながら買い物をする。
そのお母様が「物事は何でも楽しまなくちゃっ!!」というポジティブな方なので何でもないもの、いえ退屈なものまでもが楽しくなってしまうという魔法をかけられたような・・・
とにかく楽しく有意義に日曜の午後を過ごしました。

*夜!一足先に家に帰った私。ダイアリー画像
今滞在している家はチャンギービーチ近くのリゾート地に建っている大きな洋風の2階建てのバンガローで4部屋あって2人ずつシェアーしているという状態です。
ちなみにポールは友人の家にいるので私は一人部屋です。
その一軒家で夜中私一人の時に突然停電になったのです。
最初は慌てずこんな事もあるでしょ、とか思いながら真っ暗の中シャワーを浴びる余裕もあったのですが、原因を突き止めようと家の裏側のドアを開けてブレーカーを探そうとしたその瞬間、突然屋根のうえでダダーンという物音がしたのです・・・・・・・・・。
そこからあらぬ方向に意識が飛んでしまい・・・そこはどこかと言いますと映画の「13日の金曜日」とか「スクリーム」とか夏のキャンプ場で起こる殺人事件方向に飛んでしまったからもういけません。意識の中では部屋の入り口付近で斧かチェーンソーを持ったジェイソンがいるのです。それでも勇気を振り絞って各部屋を恐る恐る覗きに行きチェックしたのですが、もう一人で家の中にいる事は難しくなりました。
ビール2缶を片手に玄関先のバーベキューキッチンでコリアン遅しと彼らの帰りを待っておりました。時間にして子一時間・・遠くで彼らの姿が見えたときの自分の顔を鏡で見たかったなー。どんだけの安堵と喜びの表情してたか・・・。


11月6~9日

ダイアリー画像コリアン4人と私一人の生活がずーと続いている訳で・・・。
でも彼らは変に距離を置かず気さくに接してくれるので、ほんと彼らと一緒にいると楽しいです。たまに韓国語だけになってしゃべったりする時もあるのですが、そんな時子供のころの転校(幼稚園3つ、小学校3つ)の記憶がひしひしと甦って来るのです。自分だけが知らない事とか、自分だけが特別者扱いみたいなところがね・・・。
でも気を利かして英語の出来るミッシェル(ニックネーム)はしゃべってくれるので助かります。とにかくまだまだリハーサルは詰め込み方式な状態なので、体力的にも精神的にも大変です。

*難しいレジデンス
皆はっきり口に出して言ってなかったのですが、相当にこのバンガローに対してストレスを感じていたようです。
ベッドの上まで蟻が這ってくるし、5人で一つのシャワールーム兼用だし、近くに買い物出来るとこはないし、リゾート地なので隣は夜中まで騒いでいるし、で何とかならないか、出来る事なら移動出来ないか・・・てことをね。
海外から人を呼んで滞在させるのはほんといつも問題が生じます。特に2週間以上の時はね。(ロングで人数も多いと莫大なお金がかかってくるから良いホテルは難しいのです)私も呼んだほうの当事者として、変えてくれと言われた事もありましたし、逆にニューヨークではここはいやだと言って変えてもらった事もあるし。
人種が違えば習慣も違うので良かれと思うことが逆に良くなかったりするので中々難しい。という事が分かっていても言わざる終えないぐらいストレスが溜まっておりましたので、この事を代表してポールと私とチョンヒーとでダニーに告げました。
まっ 彼らとしては選びに選んだところなので、問題一つ一つを解決する方向で対処するという事で話は決着を迎えました。
そんなこんなでまだまだリハーサルと夏の日々は続きます。


11月11日 土曜 晴れのちストーム

四季のない南の国!!ダイアリー画像
私、思うに四季って大きく人の情緒や感情に影響しているものだと改めて実感として感じてます。人一人のなかで・・年代によってもそうだし、例えば春・夏が青春とか、秋・冬が晩年とか。又年代に関わらずその人の一年を通しても、目覚めの春の時、開放的な夏、感傷に浸る秋、我慢の冬、人それぞれ感じ方も異なると思いますが、とにかく何らかの変化があり自分の中の色んな部分のバランスを取っているのだと思うのです。それがこの国ではない訳で、皆どうやって自分の中のバランスをとっているのだろう?
我々の国ではバカンスやハネムーンで南の国へ行くのはポピュラーですが、こちらの人に言わせれば、「シンジラレナーイ、何でわざわざ暑いとこへー」という意見!!こちらの感覚で言えばごもっともです、年中常夏でうんざりしているわけですから。
でも変わらないとはいいつつも、茂っている緑は日に日に大きくなり、日本では考えられない程の高さがあり、空の深さを感じさせてくれます。そして、この世の終わり、この世の全てを洗い流してしまう程の勢いを持ったスコール。
これにはいつも驚かされますし、なんだかすっきりもしてしまいます。確かにそういう変化はありますが、それらは一時的なものです。しかし変わらないという事は、安心出来るという事に繋がるのかもしれません。その安心感が人を開放的にしまた明るくしているのかも。
そしてダニーを見ても分かるように頑固で忍耐強い性格を作り出しているのかもしれません。これはあくまでも個人的私の憶測ではありますが・・・。
そういう観点からして考えると、四季のある国の人の心理はなんとも複雑怪奇なものですね。

ダイアリー画像人それぞれコリアンもそれぞれ!!
もうかれこれ2週間以上生活も仕事も共にしているコリアン達との関係。(韓4対日1)ここはソウルか!と思うほど・・・。
コリアンコリアンと人括りに言うほどに人間は単純ではありません。というか皆違うパーソナリティーなのでほんとに面白い。リーダー格のキャリー(ミギョン)は、まんま大阪のおばちゃん風でいつでもしゃべってるし、容赦なく誰に対しても物事をはっきり言うし、いつなんどきでもでかい声で笑うし、アニマル柄好きだし、ねぎるし、でも面倒見のいい美人で、カナダ留学経験者なので私に英語で話しかける事が一番多いので、良い連れのようにしてもらってます。(ちなみに話してると34,5に見えますが実は26歳)
(注・この日曜に新たに皆で検討し合ってお互いにイングリッシュネームをつけました。ちなみに私はトニーと命名される)ジェニファー(ミヨン)はキャリーと大学からの仲良しの26歳。おっとりしていて、マイペース、でも出されたものは断らず、必ず口にするし試してみる、おっとり好奇心旺盛型の目のでかい可愛い子です。ジミー(テソ)は先にも書きましたが、まるこの友達、山根君?風風貌。フィジカル面では孫悟空!!性格も一見おっとりしてるけど、滅茶苦茶負けず嫌い!でもいわゆる今の若者で、ブランド好きなおちゃめさん、いつも私の部屋にブラリとやってきては、私の服や靴や本やその他もろもろを見て、しゃべれない英語で頑張ってコミュニケーションとろうとする可愛い子です。おかげで持って来ていたゴム製の安もんだけど靴をあげてしまったん。シャルロットは9月に既に一緒だったバレリーナーのチョンヒー嬢。一番年上で奥様であるという事もあり、やはりこの中にいると一番落ち着いて良識を持ちあわせているように感じます。
彼らは半端でなく動けるし、その動きも早いし、速さの中に底知れぬパワーがみなぎっているし見ていてドキドキするのです、そして止まれるし、私の言う事を素直に聞いてくれる柔軟な心もあるし、ほんま良いダンサー達なので、ダニーの変わりに私が彼らを使って作品作りたいものですわ、ほんまにほんま。

話は急展開しますが、やはりダニーは若いせいなのか、はたまたそういう作風なのか、彼の作品は大きな動きとテクニックばかりがめだっていて、本質的な何かがいまだ欠けているように思います。せっかくこうやって良いダンサーをわざわざ海外から呼んでいる訳ですから、もっと頑張ってもらわねば。
まっ!考えようによっては、やっと土台が出来た所、これからが彼の手腕が問われる段階なので、もう少し様子を見ようと思います。


11月12日 日曜 晴時々ストーム

待ちに待ったオフ日ダイアリー画像
昨夜スタッフ総出で支度してくれたバーベキューパーティーでたらふく食べ、ビールとワインとウイスキィーを飲み楽しく過ごしたおかげで、皆午後を過ぎてからのゆっくりの起床。たまには一人になりたいと思い午後からは一人で行動。
19:30シティーホール前で待ち合わせして、ディナーを一緒にとる。我々5人(韓・日)とウィリアム(ポール)との6人で。本名のポールもイメージが違うという事でついでに無理やり改名させられる、ウイリアムと。今日は特別にツーリストが行くような、雰囲気のあるガーデンレストランでのディナータイム。夜風の心地よさ、キャンドルの揺れるほのかな光、やんわりとビールで潤った身体と心、おいしい料理、楽しい仲間達、あー!このために今までやってきたんやなーと思えるこの瞬間。これが味わえるからこそ続けるのかなー、やっていけるのかなー。あー至福の時!!!
でもそういう事は、海外へ行くからとか特別な事ではなく、普通に日本で生きてるうえでも可能な事だと思います。でも私にとっては、その普通に生きていくという事が難しい。そして今まではそれを避けてきた様な気がします。でダイアリー画像も今はその普通に生きる事に憧れを感じている自分がいます。
だからなのか、たまたまなのか、今回持って来た本は普通の生活に愛おしさと潤いを感じさせてくれる吉本ばななの「デッドエンドの思い出」でありました。ストーリーは優しくなんかないのですが、読後感はどれもしみじみとした良い作品だと感じるものでした。
そして今取り掛かっているのは、「世界遺産・封印されたミステリー」と日常からは全くかけはなれたものです・・・・・・へへへへへー。


11月13日さあー月曜日

また例によって地獄のリハーサル開始。時間帯は先週の金曜から16時~17時自主ウオーミングアップ、17時~22時リハーサル。と我々の提案もありこう変更となりました。時間は短くはなりましたが、その分集中出来るし、効率もアップする。それを信じてやるぞー!!
後半に続く・・・・・・。


11月15日 水曜 曇り

書き忘れておりました。実はジミー君は予定していたメンバーではなく、予定していた韓国人28歳のダンサーの変わりに呼ばれてきたダンサーなのです。何が言いたいかといえば、その28歳は先ごろ軍の要請で徴集されたのです。そうなのです、実際戦闘は行われてはいませんが、彼らの国ではまだ北と戦争中なのです。
兵役は約2年28歳までが対象でいつ呼ばれるかもわからないそうで、ジミーもその覚悟?というかそういうものであるという風に受け入れているみたいです。ちなみにここシンガポールでは18歳から徴集されるそうです。フランスでも確か希望者だけ?だったけかな。以前フランスのカンパニーで踊っていた時、アーノルド君が言っていたような・・・。
まっ いずれにしても日本は、戦後がらりと変わって憲法第9条にて守られている訳で。
・・でもこの先どうなるかわかりません、小さな小競り合い的なものは頻繁に行われている。 平和が何千年も続いた過去もないし、この先どうなって行くのでしょうかね・・・日本は。ダイアリー画像
*(紀元前2500~1700、約4000年前に栄えたインダス文明のモヘンジョダロは、驚くほど行き届いた整備を誇る都市を構築していて、身分制度が生まれるほど高度に入り組んだ社会構造を生み出し、それでいて、人々の生活レベルそのものには大きな格差がない、まさに理想的な社会生活を実現していたらしい。うらやましー。しかし、ある日忽然とその文明は終末を向かえ忘れ去られていたらしい。うーんミステリー)
しかし戦争は抜きにして、若い時に厳しくがんじがらめで鍛えられる時期があったほうがいいと思うなー。それは韓国の男は日本の男と違って弱さが潜んだ優しさでなく、強さを含んだ優しさを持っているように感じるからなのです。まっ 物事そう単純な事ではないのかもしれませんが、また逆に滅茶苦茶単純な事なのかもしれません。複雑な人間心理も環境によって変化するし、環境の影響は大ですから~。
“ダンスダンスダンス”
さて、海外に身体一つで勝負に出かける時、いつも突きつけられるのは「お前は人とは違う何かを持っているか?お前は何者だ?」という事がいつも私自分自身への問いかけとして迫ってくるのです。20代でアメリカに行った当初はがむしゃらに頑張るだけだったけど、半年程経った時、初めてそれがやってきました。振付けられた事を彼らと同じように出来たとしても、出てくるものは違うものであり、それが私を生かすものとして出ているかといえば・・・・・?
という事から今頻繁に使われている誰もが流行のように使っている言葉「自分探しの旅」にでた。あまりにも簡単に使われている言葉なので、今となってはあまり使いたくないのですが・・・。
そして30代で初めてヨーロッパの舞台にヨーロッパのダンサーと同じ舞台に立った時は、もう一歩踏み込んだプレッシャーを感じました。それはどんな自分をも受け入れられる精神的強さを持ち合わせているか?という事でした。その当時の自分は、開き直るところと頑張って追いつこうとするところが半々で、一生懸命命いっぱいのところでやって来たような気がします。そして近年、自分の公演、自分スタイルのワークショップを、私自身に色々な事を教えてくれたヨーロッパ並びにUSAでする時、もう2歩も3歩も程踏み込んだところでのプレッシャーで夜も寝られませんでした。日本特有の舞踏やビジュアルテクノロジー以外のもので日本人が伝えられるものがあるのか、今の私のコンテンポラリーダンスとアイディアだけで通用するのか?という事でした。特に私は、もともとは役者志願で結構本格的に役者の経験もありなのですが、西洋式ダンス(ジャズ・バレエ・モダン・コンテンポラリー)という西洋側の経歴を歩んで来た訳で、後は自分で自分なりに東洋的なものを求め、武道、舞踏、気の要素を取り入れてきた訳ですが、それらが果たして通用するものなのかどうかという事でした。実際パリで私のプロデュースを担当していたプロダクションがてこずっていたとこはそこらしく、「日本人?ふーん・・舞踏系なの?ビジュアル系なの?」という事をまず聞かれたそうです。
ダイアリー画像果たして幸運にも毎年の様に数年間、今もなお海外からお呼びがかかる訳で、まっ 何とか受け入れてもらっているのかなー、というところでかろうじて生きております。その分東京とは疎遠ですが・・。
そして今また40代を迎えたダンサーとして、「今のお前は何が出来るのか?」という現実にさらされているのです!ジャーン
いやー果てしなき戦い!仁義なき暑き日々!太く短く完全燃焼!
ほんま影響受けやすい感受性豊かな幼少期に、もろ「梶原一騎&本宮ひろし」の洗礼を受けた単純バカな子供のまんま。
やっぱり憧れの「普通の生活」は無理なのかも・・・。
(注)・梶原一騎&本宮ひろしの影響とは、単純に以下の漫画の影響である。「巨人の星・あしたのジョー・タイガーマスク・空手バカ一代・男一匹ガキ大将・大ぼら一代・硬派銀次郎などなど」その他にも、手塚治虫、赤塚富士夫、石の森章太郎、フジコフジオ、ジョージ秋山、ちばてつや、ちばあきお、永井豪、松本零児、山止たつひこなどに親しんでは参りましたが、生き方にまで反映されたという点では前者の影響は大きかったなー。ちなみに今は日曜日の18:00~19:00という時間帯に自宅で「ちびまることサザエさん」を見れる事に小さな幸せを感じている、淋しく切ないお子ちゃまであります・・・。
もう一つ付け加えますと、今の私の憧れのヒーローは医師資格のない天才医師ブラックジャックかな。口コミで依頼された仕事、または出くわしてしまった事件に、破格な値段を要求するも(時には無償で)誠心誠意命がけで愛情込めて仕事を全うする。呼ばれて自分がその気になれば何処にでも赴きプロ以上の仕事を成し遂げる。それでいてささやかな幸福を味わう事を知っていて楽しめる人。


11月18日 土曜 晴れ

昨日まででやっと全体通しが出来る程に構成はあがってきました。(内容は別にして)そして今日は午後からフルアップの通し稽古です。それぞれのエネルギーが少しずつ表に表れるようになって来たかなー、まだ細かいところでのミスなどはありますが、そして来週になってスタジアムに入ればもっと問題点は出てくると思われます。映像との絡み、巨大ステージでの場当たり(舞台へ上がる時とはける時の工夫)などなど、そしてハードパンチャーな韓国ダンサーのコンディション、40代2人のおっさんのコンディション、ほんと!大勢で一つの舞台を作り上げる事の難しさよ!夜は例によってエスペラナードシアター(勝手に別名ドリアンシアター)のライブラリーにて、公開ショートコントではなく、公開ショートパフォーマンス&ダイアローグ。パフォーマンスはキャリー&ジェニファーのデュオ数分間。そして出演者全員のインタビュー、勿論今回も通訳なし。ライブラリーとカフェの間のスペースを使ってのイベントなので、客の出入りは自由である、それにもまして今日の入りは前回とは違い大入りでありました。

ダイアリー画像ダニーの偉いところは、こういう風に一般の人に自分達のやっている事の意味や意義をわかってもらおうと、こういう機会を自分で作り出して実践しているところです。進行も自らマイクを持ち、プロの司会者のように上手にやっておりましたがなこれが、突然「2分でいいから一人でインプロ見せてくれ」と振られましたがなこれが、でもやりましたがなこれが、意外と受けましたがなこれが、ほんまにもう、何でも簡単にやれると思おてけつかる。
その後、明日は待ちに待ったオフ日の前夜ということで・・・。(すいません頻繁に使用しますが、ほんと素直に「待ちに待った」という気持ちなのです)シンガポールのヤングダンサー達と連れ立ってクラブでダーンス。
(またダンス?と思うなかれ、これは別の、人間としての身体の欲求の様なものである)
あ“~何年ぶりだろーディスコと言われなくなって、こういうとこ来たの。日本以外で行ったのはアントワープ・ダブリン・ニューヨークだけで、どこも巨大な倉庫の様な所、例外なくお客皆がトランス状態で踊り狂うという感じでした。
そろそろ会場全体が人で溢れ、揉みくちゃになり、ヘロヘロになりかけた午前2時を迎えようとしていたその時、突然音楽が止み、照明が明るくなったのでありんす。何・何事?話によれば、警察のガサ入れ?ドラッグの取り締まりのようなものであったらしい。一人ずつカウントされながら皆ぞろぞろと外へ出されてハイオシマイ。
4人でタクシーに乗り我々を待つ素敵なリゾート地にある、虫で溢れたバンガローへと向かう。
その夜韓国ダンサー達の所属するカンパニーのディレクターのキムさんとマネージャーのロビンさんと合流。ロビンは以前のシンガポール公演の時からの知り合いである。
結局午前5時後頃までダンサー達の不平不満を探り出すように聞いてくれる。やはりこのストレスの溜まる素敵なバンガローの事とリハーサル内容の事に集中。


11月19日 日曜 晴れのち雨

昼過ぎまでおねむ、そして一人でブギス、ライブラリー、ラッフルズシティー、サンテックシティーをぶらつき、おみやのお買い物、他には特になし。


11月20日 月曜

夜21:30からランスルーを決行。キム&ロビンの反応や如何に?ダイアリー画像
マネージャーのロビンは「グッジョブ」と声をかけてくれるも、ディレクターのキムさんは、顔も合わせようとしてくれない。「うわー気になる、やな感じー」ところがその夜遅く私の部屋にキムさん一人でやって来た。
キムさんフランス生活9年のムッシュキム英語ほとんど出来ない(でも聞き取りはある程度出来る)。私もフランス歴10年以上、でもしかし仏語ほとんど出来ない(簡単な挨拶程度は出来る)。それでも会話が成り立つ不思議ミステリー。
キムさんのおおまかな感想は・・・。「ダニーの振付の古い新しいは彼のスタイルとして考えるべきで、そこをどうのこうの言う気はない。まさしくその通り、ドーナツもオールドファッションがあるから新しいものが新鮮に思える訳で、そのオールドファッションの人気も不滅なのです。その方が見る人の選択しがそれだけ増えてマーケットも広がると思います。
シンガポールのヤングダンサーもレベルの域に達してない、それはこの国が今発展して行こうとしている段階である事、それを援助する為に我々が来ているという事を考慮すればいたし方無い。何よりもそれ以上に不満な事は、自分のカンパニーダンサー達の、あまりにも甘く若い存在感にショックを受けたらしい。与えられた事だけをやっていて、自分の言葉として昇華しきってない、自分は何の為にそこにいるのか、何をしに来ているのか、何故足を上げたり回ったり走ったり歩いたり止まったりしているのか、そう言う事が自分自身分かっていない。勿論テクニックに関しては世界級のスペシャルだが、それよりも大事な事・・・」とのお言葉。
流石に厳しい世界でやってきている人、同感でありました。というか、こういう事を言っているであろうという私の意見も含まれているわけで・・・。
私に関してはというと・・・・・・・来年の日本公演に可能であれば出演して欲しいとの弁でした。只今検討中。
という感じで進んでまいりましたが、まだまだどうなることやらすることやら・・・・・
明日22日からはスタジアム入り。パソコン使える状況でなくなるので、いったんここで閉めさせて頂きます。公演の状況なり反応なりはまた帰国してからの報告にあいなります。よろしくお願いします。

2006年11月21日 火曜日 ヤザキタケシ

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