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TourDiary -2006-

シンガポール(インドアスタジアム)公演日誌

11月24日 金曜 本番日ダイアリー画像

本番当日だというのに、騒々しい朝のバンガロー内、果たして何が起こったのか!!
実はコリアンチームのミスアンダースタンドゥによる問題で、明日帰国すると思っていたのに、実は今日!本番後に帰国しなければいけないという事が発覚したと言う事だ。
「えらいこっちゃ!」私も本番後に彼らと羽目をはずして楽しもうと思っていたので、相当にショック!!
それから怒涛の如くコリアンチームのパッキングが始まる・・・・。ひゅー

数時間後、そんな事も全て忘れてスタジアムの中。いわゆるスタジアムなので全体的な広さは、大阪城ホールぐらい。でも今回は料金設定も随分と高くしており($58、$78、$128、$168)はなからいっぱい入れようとしてないらしく、舞台も4分の1シートを設定して作られており、キャパにして満杯で800ぐらいかなー。でも舞台は20×20のでかさがある。
昨日からのリハーサルでここにも大分と慣れては来ましたが、大きな変更が多々あるので、ほんと身体的にも精神的にも大変です。今まで歩いていたとこを走らなければならなかったり(私の一番の苦手分野である)、飛んだり跳ねたりが増えたり、意識の方向性を変えたり・・・云々
「そこまで、その事が大事なんやったら、無理してでも同じサイズの稽古場を用意してリハーサルせーい!!」と声にならない怒りが私のこの胸を突き上げるうー。そうは言っても数時間後にはお客さんも入って本番しなければならない訳で、皆で協力し合って対応いたしましたよーん。
話によると、地元のヤングダンサーの友達とか、ポールの友達とか料金が高くて行けませーんという人が多かったらしく100人くれば万々歳やねーと皆で言っておりました。が・・なんとふたを開けると約8割がたは埋まっているという奇跡がおきておりました。
「シンジラレナーイ」・・・日ハムのヒルマン風にどうぞ。

作品の冒頭部分、私のソロで始まるのですが・・・2分ぐらいでと言われてはおりましたがリハーサルでは4,5分になっておりましたので、そのまま5分ぐらいかけてたっぷりとソロを行う。(私の役割としては、ストーリーテーラー的な部分を兼ねて、デュオしたりユニゾンに加わったり、またソロになったりで、中盤からはほぼ出ずっぱりでおました)

テーマはタイトルが示すように、「GARDEN IN MY HEART」自分の中に庭はある、つまり青い鳥と同じ感覚ですが、大切なものは自分の近くにある、自分の中に在るのかも知れない、本当に大切なのはそれに気づくかどうかという事ですよ。というような事を様々な旅をする事で気づいていくというような意味合いを込めてシーンを構成しておりました。そしてリアルタイムのビデオ映像と抽象的な映像とムービングライトをふんだんに駆使したエンターテェイメントを目指したアートという感じの舞台となりました。それは始めからのダニーの狙いではあって、コンテンポラリーダンスをもっとメジャーに、そして一般の人にも楽しんでもらえるものにしたいという事であったらしい。

*果たしてそうであったのか?ダイアリー画像
それにしても料金設定はそれでよかったのか?
場所は此処で良かったのか?
などなど様々な疑問は出ては参りますが、我々パフォーマー側、出演している人間にとっては最後の客の反応に救われる訳で・・・。
*もう強引に、並々ならぬパフォーマーのエネルギーで持って「大喝采」へと導いたのではないかしらん、もしくは作品自体に力があったのか?いやいやダンサーのエネルギーが勝っていたと思います。いやーどでしょ? なんともはや分かりません。兎に角、びっくりするぐらいの拍手で終演しました。
「あーこの数週間が報われたと感じる一瞬であった」。

その後レセプションにて軽く打ち上げ。ダイアリー画像
昨年も公演に来てくれていた日本大使館の人も顔を出してくれてましたよーん。会場内は軽く写真撮影大会のようになり、コリアンダンサー達との最後の別れのひと時をエンジョイする。
都合により私もその足で飛行場へ・・・。いつも不貞腐れたり、怒ったり、笑ったりしていた彼らの目にじんわりと涙が・・。
そうです、皆軽く「うるるん滞在記」最後の別れの朝なのです。そういう私の目にも湿り気が・・・。「うっぐっ!」
熱い抱擁を一人一人「ヒッシ」と交わし、いつまでも姿が見えなくなるまで見送る。と言う訳で、コリアンダンサーは帰ったものの、コリアンディレクターのキムさんとマネージャーロビンさんは残っており、3人のおっさんで最後のバンガローを過ごす事になりました。・・・

これが間違いの・・・始まりでした・・・・・。
なんてゲイに走ったという意味ではござーませんので。あしからず。
キムさんは相当の酒豪で親分肌、「コリアンスタイルだー」といいつつ、アブソリュートのウォトカ普通サイズの一瓶をオレンジジュースで割り、つまりスクリュードライバーですな。
3人でこれの一気飲みをたったの3回きりで飲み干してしまったのです。
それも1時間ほどで、それまでにも数本のビールを飲んだ後ですがなこれが・・・。
そんでもってテソが置いていったスコッチも加わり、それもついでとビール割りにし、3人で一気飲みして空にしましたがなこれがまた・・・。わしも根底は高知の人間じゃき、いどまれたら、よう断らんがぞー、飲むがぞー!!
てなことで午前5時ごろになってもキムさんの勢いは一向に止まらず、「カラオケゴー」とか「オーマイガッ!スタイル」とか叫びながら、3人で肩組んで山降りてカラオケ近辺に行きましたが閉まっており、ほいでもってまたまた山を登ってバンガローに帰って行きましたとさ。あー大学時代以来久しぶりの酔狂でしたな「はっはっはっ」。
その後トイレットの中で、明日が怖いという思いから私は、自ら人差し指と中指を重ね合わせ、それを縦にして、自らの口の中に深々と挿入し、やってくるものを待ちました。
来たでー「ゴボボゴリョーボビョビーベー」

果たしてその成果はなく次の日は超のつく二日酔いとなってしまいました。キムさんもロビンさんも御一緒に。その時酔いながらもしゃべっていて気づいたのですが、コリアンダンサーのテクニックが凄いのは教える側にあり!という事です。兎に角徒弟制度と言いますか、先生には絶対服従、目上の者を尊敬しなければいけないという事を徹底して教える。テクニックはしつけから。

*というのも私より若いキムさんは、彼ら3人の学校からの先生らしく、彼らはそんなキムさんに厳しく育てられてきたらしいのです。そのせいかキャリーは大学韓国ナンバーワン、ジェニファーはナンバーツーの受賞歴あり、テソも決勝まで行ったスーパーなのでした。
*まっテクニックはそれでつくとは思いますが、それよりも大切な表現力とか想像力とか応用力とか観察力はどうですか、わかりません。

昨今強い父親がいなくなったと言われている日本と違い、強い父親像を代々から持続して守っているところは凄い事だと思います。実際日本ではごみ扱いされたり、無視されたりする親がいるという事も頻繁に聞きますし、家庭問題、学校問題、いじめ、自殺などと大きな社会的な問題と発展するこの事は一言では言えませんが、日本では何か大きな歯車の掛違いがあるという事だけは確かだと思います。
そういう事が芸術にもダンスにも影響するのかも知れませんし、しないのかも知れません。はっきり言えるのは、日本では優れたアイディアは豊富にあるが、それを十二分に生かすだけの身体能力に乏しい。韓国では優れた身体能力を持つものは多くいるが、それを生かすアイディアに乏しいと。これはあくまでも私の個人的意見なのでそういうもんだとは思わないで下さい。てな事そんな事をまじめに考えたりするのも色々な出会いのおかげ。人生真摯に生きなきゃね。
うそはつくけど、うその無い人生生きたいモンだ。


11月25日 土曜 帰国日ダイアリー画像

先程も申しましたが、超のつく二日酔い。
夜の便まで時間があるので、ダニーが用意してくれた、別のリゾートバンガローいやリゾートホテルへ向かう。そこには、私の願っていた!求めていた!ぷぷぷプールがございましたー。
二日酔いを覚ますため2時間程寝た後、ブルーの水着にルラランッと着替え、即効プールにボシャン!!子一時間程一人水と戯れる「ハハハアハッハッハ」。(まだ半分酔ってる不気味な光景)そして夜、残っている皆と地元の者(ダニー、アン、ショーイ、ショーイママ、ポール、ロビン、キム)とで焼肉しゃぶしゃぶをご馳走になり(皆アルコールは一切口にせず)、一人帰路に立つ。午後11:55発の便


11月26日 日曜 日本関空 朝7:30着

その足で大阪ドーンセンターにて行われる「香瑠鼓バリアフリーLIVE」に出演する為にスーツケース持ったまま駆けつける。
これはつまり先月行われた私の出演した東京公演がもたらした素晴らしい副産物であります。代表の香瑠鼓さんから、舞台終了後すぐに声をかけてもらい決まった話でした。
実は私その時、帰国する自分の日程を一日勘違いしてたのー。バカバカバカン香瑠鼓さんとは、あの「タケモトピアノ、カツーンのスカパー、スマップの振付などなど・・・」1000本以上ものCM、歌、映画、舞台などの振付をしている人である。普段自分のスタジオでも障害者向けのワークショップクラスをライフワークのようにしているそうである。*目の見えない人、自閉症の人、車椅子の人、ダウン症の人、様々な症状の人達と空間を共にし、共に一つの事に向かって行動するという事なんてした事なかったので、私の中では衝撃以上の夢の中での出来事のように感じられました。そでから彼らの動きを見ているだけで、涙が止まらない瞬間がありました。なんてこったいクールな俺とした事が・・・・・・・。
帰国したその足で来たからしんどいなんて口が裂けても言えねー。
眠たいから少し休ませてなんて舌を抜かれても言えねー。*頑張れる自分がいるなら精一杯頑張ろうよ!
真摯に命のエネルギーを燃やそうよ!
一生懸命生きようよ!
人がどう思うより、自分がどうしたいかを考えようよ!
という言葉が私の中から呼び覚まされたかの如く出てくるのでした。
無理してでも出演して、本当に良かった。
大切なものを頂いたという思いでいっぱいです。ダイアリー画像

香瑠鼓さんの半端でないエスパーの様な明るく大きくまぶしいエネルギーには驚きです。カンパニーの皆もそのオーラを一身に浴びたような純粋でユニークな面々。これからも頑張って下さいね。

ちなみに私に大阪支部作って下さいよとのお言葉。「私には荷が重すぎるー」という訳で長かった26日間の旅も終わりとなりました。また今回も色々な出会い別れを経験し、人との繋がりやきずななど学ばせて頂きました。また次の海外公演の機会までお別れです。
さようなら!!もしかしたら次の海外はソウルやも知れません。それも4月頃・・・まだ未定!!では See you soon.


2006年11月29日 水曜   ヤザキタケシ 

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